先輩秘書からのメッセージ 辻 京子

上善如水

 「はじめの一歩!」夢や目標に近づくための最初の一歩。元気をくれる素敵な言葉です。
 機関誌『秘書』が会員の皆さまへの情報提供と皆さまの更なる飛躍を願って、はじめの一歩を踏み出してから今回でちょうど500歩目。これを一つの区切りとして、来年度からはまた新たな形で新しい一歩を踏み出します。その記念すべき500号の巻頭の言葉を執筆するという幸運な巡り合わせに感謝しながら、皆さまに何をお伝えしようかと考えました。
私が初めて機関誌『秘書』に出会ったのは、今から四半世紀も前のことです。数々の興味深い記事の中に、「秘書は水のようなもの」という当時のベストセクレタリーに選ばれた方の言葉を見つけたときの新鮮な驚きを今でも覚えています。「水は生き物が生活するうえで必要不可欠なものであり、秘書も上司や会社にとってなくてはならないものです。水は丸いコップの中では丸く、四角いコップであれば四角く、赤いインクを落とすと赤くなります。それだけ順応性が強いと言えます。秘書もそうです」と続きます。そして、「心休まる小川のせせらぎのような秘書でありたい」と書かれておりました。
この言葉に感動した私は、早速当時の上司にこの話を伝えました。すると上司は、私の目の前で「上善如水」と書いてくれました。この言葉の意味を知っているかとの上司の無言の問いに、私はとっさに、「日本酒の名前ですよね」と答えておりました。今思い出しても顔から火が出ます。すると上司は笑いながら、老荘思想の「上善如水」の意味を説明してくれました。「水は万物を助け、己を主張せず、低い方へと流れる」

 水のようにどんな相手や状況にも対応できる柔軟性。自分を常に低いところに置く謙虚さ。己を変えることなく、どんなふうにも変化することができるしなやかさ。それはまさに理想の秘書像だと思いました。
 早速私は上司の書いてくれた言葉をオフィスの机の前に貼り、それを目標に頑張ろうと誓ったのでした。正直、当時の私には程遠い道のように感じましたが、「こうなりたい」と思うことが、そうなるための第一歩だと信じて。
それから四半世紀。転職に伴い、しまい込まれていたこの言葉の存在を、今回の執筆を機に思い起こしました。月日が流れ、年齢を重ね、私は少しでも目標に近づくことができたのでしょうか?否。経験を積み、時にはリーダーシップをとらなければならない場面も増える中、「水のように」あることはますます難しくなっています。
36年間という長い秘書生活の中で、ずっと上司をサポートしてきました。そして今は、秘書を目指す学生や現役の秘書の方たちをサポートする機会を頂いています。相手こそ違え、誰かをサポートするという私の仕事の本質は変わっていません。ややもすると、経験や自信が謙虚さを忘れさせ、相手に合わせるという基本を忘れがちです。年齢を重ねた今こそ、「上善如水」の意味が心に響き、その実践の難しさを感じます。
今年の全国秘書会議のテーマは「原点回帰」です。再び初心に戻って、25年前の目標に向かって新たな気持ちで進んでいきたいと思っています。道半ば。いえいえ道更に遠し。それでも私は、今日からまた元気に「はじめの一歩!」